あなたの歯ブラシに「糞便並みの細菌」付着?口内と健康の意外な関係

   

あなたの歯ブラシに「糞便並みの細菌」が付いているという衝撃の事実をご存じでしょうか。しかもその話は、コロナ禍で一層重要性を増している自らの健康の維持と深い関係があります。フジテレビ系『ホンマでっか!?TV』で口腔外科評論家としても活躍している歯科医師・宮本日出氏が解説します。(監修/歯科医師・幸町歯科口腔外科医院・院長 宮本日出)

便器から歯ブラシへのエアロゾル
口の中に糞便の菌は付いてしまうのか?

近年、日本でも欧米のように、ワンルームマンションなどではバス(浴室)、トイレ、洗面所が一体となった3点式ユニットバス(以下、ユニットバス)が少なくありません。ビジネスホテルでは、よく見かけるでしょう。

トイレで便座に座り、洗面所にある歯ブラシを見たとき、「この空間に歯ブラシを置いていて清潔なのかな?」と疑問を感じた人もいるのではないでしょうか?

 6年前、衝撃の研究論文が発表されました。こうしたユニットバスに歯ブラシを置いておくと、糞便の菌がついてしまう可能性があるというのです。

研究を発表した米コネチカット州立クイニピアック大学によると、トイレと同じ空間にある洗面所に歯ブラシを置いた場合、糞便に見られる細菌が付いていることが分かりました。細菌が歯ブラシに付着する可能性は60%とのこと。さらに9人が使用する共同バスルームの場合は、他人の糞便の細菌が付着する可能性は80%にまでなるというのです。

 この論文では、原因は水洗トイレを流したことによるエアロゾル(空気中を漂う微粒子)感染だと推測しています。この研究の段階では、「歯ブラシがトイレと同じ空間にある場合は、歯ブラシをバスルームの外に置くこと」を推奨していました。

そしてこの発表の後、ワンルームマンションやビジネスホテルでは、歯ブラシをバスルーム以外で保管する人が増えたということです。

2021年になって
安心できる論文が発表される

しかし今年になって、やっと安心できる論文が発表されました。米イリノイ州にある、ノーベル賞受賞者を多数輩出している名門ノースウェスタン大学が、歯ブラシに付着している細菌叢(さいきんそう、細菌の集団)を詳しく調べるためにDNA解析を行ったのです。

 この研究で、歯ブラシに付着している細菌叢はヒトの口腔内や皮膚によく見られるものと一致することが分かりました。「歯ブラシに付着している菌の大多数は口腔内に由来する菌」であることから、バスルームに置いてある歯ブラシにおいても「細菌のことを特に気にする必要はない」と結論付けています。

 つまり、口腔内にも糞便と同じ細菌が存在するため、歯ブラシをバスルームに置くかにかかわらず、付着する細菌叢は同じというわけです。これは歯ブラシを扉の閉まったキャビネットの中に置こうと出しっ放しにしようと、特に差はありません。

 さらにこの研究では、デンタルフロスやマウスウォッシュを使って口の中をキレイにしている人はわずかですが、歯ブラシに付着している細菌の数が少ないことも判明しました。

 ただし、口の中の環境には個人差があるので、「歯科医師が勧めた場合は、その指示にしたがってほしい」ともコメントしています。

口と腸はひとつながり
口の中の不調が腸にも影響を及ぼす

人間の体には細菌を多く溜めた器官が二つあり、食べ物の入り口と出口、つまり「口」と「直腸」です。ヒトの糞便1gには1000億〜1兆個の細菌がいますが、実は口腔内にも直腸に匹敵するくらいの細菌がいます。つまり「お口はお尻の穴と同じくらい、キレイなものではない」のです。

 しかも、口腔内細菌が腸内環境にも影響を及ぼすことがあります。これまでは口腔内の細菌は胃酸でやられてしまい、腸まで達しないと考えられていましたが、生きたまま腸まで届くことが分かってきました。特に歯周病菌は、炎症を起こした歯茎から体内に侵入し、血液に乗って全身に行き渡るのです。

歯周病菌の代表格であるポルフィロモナス・ジンジバリス菌(P.g.菌)が腸管に入ると、腸内細菌のバランスを崩すことが分かっています。その結果、大腸がんを悪化させるだけでなく、P.g.菌の影響で関節リウマチの炎症や認知症を進行させるなど、全身に悪影響を及ぼすこともあります。

 つまり口腔ケアは、歯周病や虫歯の予防だけではなく、全身の疾患対策として重要だということです。

 歯周病菌からの感染対策として、唾液中に含まれる抗感染作用のIgA(免疫グロブリンA)が「予防のとりで」として注目されています。その理由は、唾液中の他の免疫グロブリン(IgG、IgM)は、病原菌が体内に入ってから作用するのに対し、IgAは病原体が体内に入る前に作用して、体を守ってくれるからです。唾液のIgAの作用が、ウイルスや細菌の口からの感染に対する予防に貢献していることは多くの報告が立証しています。

 唾液を分泌するのは唾液線ですが、一見関係ないように見える唾液線と腸との間には密接な関連性があります。

 腸までの消化器粘膜は常に外敵にさらされているため、体を守るために免疫細胞の70%が腸管に集まっています。これを「腸管免疫」と呼びます。そして、ある粘膜が病原体に反応すると、別の粘膜でIgAの産生が増加する「共通粘膜免疫システム」があります。簡単に言うと、「腸管免疫が高まると唾液中のIgAが増える」のです。

 さらに感染予防にはIgA濃度を高くすることに加え、IgAを増やす、機能させること

(1)歯磨き:口の中の清潔はIgAの機能には必須
(2)舌磨き:舌の上にはあかがたまり(舌苔〈ぜったい〉)、細菌の温床
(3)プロによる口腔ケア:セルフケアでは限界があり、歯科医院での口腔ケアが必要
(4)よく噛む:噛む回数が増えると、唾液腺が刺激されて唾液量が増加
(5)水分摂取:水分を取る量が減ると、唾液量も減少
(6)食事:食物繊維を多く含む野菜類、豆類などや、納豆、ヨーグルトなどの発酵食品が産生を促進
(7)軽い運動:適度な運動が産生促進(過度な運動は逆効果)も大切です。唾液中のIgAを「増やす」「機能させる」ために大切な日常生活は以下の通り。

全身疾患を引き起こす歯周病
セルフケアとプロケアの両輪が大事

既述のように、歯周病は全身の健康に悪影響を与えます。40歳を超えて歯磨きの時に出血をした経験のある人は、ほぼ全員が歯周病と考えていいでしょう。

「最近は出血しないから治ったかな?」と安心するのは禁物です。歯周病には自然治癒がありません。たまたま出血が確認できないだけで、歯周病菌で傷ついた歯茎のダメージは癒えることはなく、感染は続いています。

 歯周病の原因である歯周病菌は歯茎の下に潜んでいて、自分で行うセルフケアだけでは対処できない厄介者です。歯周病菌は放置することで病原性が上がるため、定期的に歯科医院でプロケアを受けることで、歯周病の悪化を防ぐことができます。

 加えて日常のセルフケアでは、口腔内に浮遊する菌を取り除き、歯周病菌の病原性が進行しないようにします。

 プロケアを受ける間隔は人によりさまざまです。口の中の細菌叢は各自で異なり、歯周病の進行やセルフケアの状況も異なるので、かかりつけ歯科医で相談しましょう。

「歯科医院は怖い」と思っている人もいるかもしれません。しかし、プロケアを続けると、歯が痛くなったり穴が開いたりする前の段階の、薬を塗るだけで治る虫歯を見つけられるので、結果的に痛い思いをしなくて済みます。また歯茎のケアにもなるので、年齢を重ねると歯茎が痩せて食べ物が挟まりやすくなりますが、その予防にもつながります。

 セルフケアでは、歯周病菌に有効なイソプロピルメチルフェノール(IPMP)を配合した歯磨き粉やマウスウォッシュの使用がオススメです。デンタルフロスと歯間ブラシを使って、歯周病が発症する歯と歯の間の清掃も忘れずに。歯周病は夜に進行しますから、寝る前の歯磨きは念入りにしましょう。

ちなみに歯周病菌はキスで感染し、10秒のディープキスで8000万個の菌が移ったとするオランダでの報告があります。このようにパートナー同士では、口の中の細菌はお互いに移動を繰り返し、二人の細菌叢は似てくることも分かっています。歯周病対策はパートナーと一緒に行った方が効果的です。

◎宮本日出(みやもと・ひずる)歯科医師/幸町歯科口腔外科医院・院長
日本顎関節学会・代議員・指導医・専門医、厚生労働省認定歯科医師卒後臨床研修指導医教官。1965年、石川県金沢市に三人兄弟の末っ子として生まれ、猛勉強を始め、愛知学院大学歯学部に合格。のちに歯科医師免許取得。現在では、国内外に160篇以上の論文を発表し、複数のメディアにも登場するカリスマ歯科医となる。